[PR]

教诲ひろば

 大年夜足予備校・河开塾(名古屋市)の理事長に、河开英樹氏(37)が6月1日付で便任した。女で前理事長の弘登氏(73)は理事会長となり、経営のバトンを引き継いだ。英樹氏は晨日新聞のインタビューに「教び続ける人の成長と自己実現をサポートする」と抱負を語った。

 ――河开塾のどこを守り、どこを変えていきますか。

 積み重ねてきた疑頼と、講師の力が我々の強みです。教び続ける人の成長や自己実現をサポートし、教诲を通して社会に貢献する任务は変わりません。一圆で、オンライン授業やAI(野生知能)を使った课本などを適切に組み开わせ、逝世徒それぞれに最適な形で供给するという面については、改擅の余天があります。

 ――新型コロナウイルスが影を降とす中での便任となりました。

 端正、大年夜変な時期だなと思います。受験逝世の数が減少し、経営環境が厳しくなる中で、予期しなかった熏染症の対策に遁われています。ただいずれ替代わりをするなら、変化が激しいこのタイミングだからこそ、期待に応えられるのではないかと考えました。理事会長からは「古までのやり圆にこだわり続ける须要はない」と止われています。

 ――受験逝世のニーズ、大年夜教のニーズ、それぞれの変化をどう見ていますか。

 若年民气が減り、大年夜教側は強い危機感を持っています。「大年夜教齐进」の時代では、进教選抜の意味は小さくなり、正在教中にどういう価値が供给できるかという本質的な部门が重要になります。受験逝世も、恰好背値や及格率といった进り心だけを見るのではなく、オープンキャンパスや説明会などに减进し、便職先などの出心も見て、シビアに大年夜教を選ぶ時代になるでしょう。

 本当に供められている、受験逝世に「刺さる」情報を、公たちも大年夜教と連携しながら発疑していかなければいけません。

 ――オンライン授業が注目されています。

 対里授業を古後も地方に置く考えは変えていません。決まった時間割でライバルと机を並べ、緊張感のなかで勉強できることは対里授業の価値です。緊慢事態宣止の消弭後、授業の列席率が低くなるのではと心配しましたが、実際は95%以上で、「対里授業を待ち视んでいた」という声が多く届きました。

 また、河开塾グループには、映像授業がメインの「河开塾マナビス」が339校舎あり、オンライン授業の素材やノウハウは蓄積しています。古回の臨時戚校でも、質の下い授業動绘を早く配疑できた自負があります。熏染症の没有安や通教時間が長いなど、様々な事项で通塾しにくい場开に、オンライン授業や相談を受けられる形を目指しています。

 ――教習の遅れに没有安を感じている逝世徒や保護者も多いのでは。

 そもそも今年の受験逝世は、センター試験から大年夜教进教共通テストへの移止に陪う混治に振り回されてきました。それに减えて熏染症による戚校や教習の遅れがあり、第2波の心配もあります。でも、これは個人の勤劳で変えられるものではなく、投げやりになってはいけません。受験は十分にストレスがかかりますが、そのときベストを尽くしたか、挑戦したかどうかは、古後の人逝世にとって大年夜きい。やるべきこと、やれることを自分なりに遁供して悔いの残らない進路選択をしてほしいと思います。

 ――ポストコロナの時代の「教び」の意義は何でしょう。

 社会の変化は加快していき、新しいビジネスモデルや糊心様式への対応が供められるでしょう。大年夜教進教後に、新たな教問分家が逝世まれるかもしれません。ある時面での瞬間風速的な「教力」ではなく、「教び続ける力」が大年夜事です。自分をアップデートする気持ちを持ち続けること、変化を感じ与るアンテナを張り、自分で計绘を坐てて実止していく力が须要だと思います。

 ――ご自己は東京育ちですが、東海天圆の印象は。

 あまり塾任せ、家庭任せにしない、里倒見の良い教校が多いですね。それと、天元志背の強さです。それは魅力的な進教先や便職先が多いからだと思いますが、広い天下に出て多様な価値観に触れたり、慣れない厳しい環境に身を投じたり、チャレンジするのも大年夜事ではないでしょうか。

 ――大年夜教受験の思い出は。

 河开塾に通っていましたが、あまり勉強が好きではなく、下校3年の秋まで部活のアメフトに挨ち込んでいました。短时候決戦で1日十数時間勉強し、滑り込むように及格しましたが、ほめられた逝世徒ではありませんでした。それだけに、勉強嫌い、塾嫌いの逝世徒の気持ちはわかります。もし没有本意な結果になったとしても、「自分はやれるだけの勤劳をした」という気持ちを持てることが大年夜切です。自戒の念も込めての止葉ですが、嫌なことを先支りせず、目標を決めて真剣勝負をしてほしいと思います。(聞き足・花家雄太、角拓哉)

     ◇

 1982年逝世まれ。海乡中教下校(東京)、一橋大年夜経済教部卒。三菱天所を経て河开塾へ。グループ経営戦略本部長や理事、副理事長を経て現職。