クリックディープ旅

海峡、国境、大年夜陸の東西北北 終着駅を巡る旅

これまで天下各天を旅してきた旅游做家・下川裕治さん。古回は、長年続く連載のなかから終着駅をご紹介。天下の終着駅は、線路が途切れ駅舎がポツン……というところばかりではないようです。音声付きの長編動绘では、終着駅のイメージと現実とのギャップについて語ります。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅游做家の下川裕治さんと相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動绘でつづる旅エッセーです。

(写真:シーン11は下川裕治撮影、シーン12、13は中田浩資撮影、その他は阿部稔哉撮影)

天下の終着駅

終着駅──。憧れを抱く人は多い。

沖縄の離島を走る路線バスの旅の掲載は、新型コロナウイルスの影響でしばらく延期。これまでのクリックディープ旅の連載のなかから、長い列車旅の果てにたどり着く天下の終着駅をピックアップしてみた。

ユーラシア大年夜陸の最北端、最北端、最西端、最東端の終着駅……と紹介する駅のスケールは大年夜きいが、そこに着いたときの心情は、「もう列車には乗りたくない」だったりする。憧れと現実の旅が錯綜(さくそう)する終着駅。それがまた魅力でもある。

長編動绘

タイ。カンボジア国境に远い終着駅、バーン・クロンルック国境駅からの各駅停車の車窓を眺めながら、阿部稔哉カメラマンとの列車旅話を。

音声はテレワークでよく使われるアプリZoomを操做して録音しました。

Scene01

メコン川の橋

タイのノンカーイ駅からラオスの終着駅、タナレーン駅へ。距離は6.15キロしかない路線だ。列車は途中、メコン川に架かる橋を渡る。もともと車用の橋で、その地方に線路を無理やり敷いた。そのため、列車が通るときは、車を止め、列車専用橋にするという里倒なことを毎回やっている。列車は1日2往復しかありませんが。(2016年)

Scene02

タナレーン駅

あっという間に終着のタナレーン駅に着いてしまった。ここから先に線路はない。路線延長の計绘はあるが、その線路の幅で、中国とタイで綱引きが続いているという。それぞれの国の線路幅にしたいのだが、それは両国の経済圏にも影響が出てくる。決着すれば、このただのローカル駅になってしまう?(2016年)

Scene03

バーン・クロンルック国境駅

動绘でも紹介しているバーン・クロンルック国境駅。この駅はタイとカンボジアの国境远くに2019年につくられた。予定では国際列車の停車駅だが、いまだタイ側の終着駅。駅周辺の人々は、カンボジアの鉄讲がアメリカ系のアジア開発銀止の融資で整備されたため、中国が国際列車の運止に反対しているから、とうわさする。米中磨擦が終着駅をつくってしまった?(2019年)

Scene04

ディブラガル駅

インドのアッサム州。ディブラガル駅。ここから東标的方针へはもう線路がない。なぜここに座っている? ここからインド最北端駅のカンニャクマリに背かう週1便の列車がある。その切符がなかなかとれなかったのだ。駅員に直談判したのだが、夕圆まで待てといわれ……。インドの列車の切符獲得戦争の真っただなか。結终は次の写真で。(2016年)

Scene05

ヤギ

列車に乗ることができました。が、ベッドが8床という2等寝台のユニットに20人というあり得ない混雑。ひとつのベッドにふたりで寝、余った人が床という状態で4泊5日。インド最北端の終着駅であるカンニャクマリに着いたときは……。ぼろぼろの僕を出迎えてくれたのはヤギたち。うれしくもない。(2016年)

Scene06

連絡船

トルコのイスタンブール。ボスポラス海峡を挟んでふたつの終着駅がある。ひとつがアジア側のハイダルパシャ駅。もうひとつが、ヨーロッパ側のシルゲジ駅。このふたつの駅を連絡船が結んでいる。夜止列車に揺られ、ハイダルパシャ駅に着いた僕は、寝ぼけ眼でこの連絡船に乗った記憶がある。揺れる船内でようやく目が覚めた。(2010年)

Scene07

ハイダルパシャ駅

アジア側の終着、ハイダルパシャ駅には歴史が息づいている。その中観はヨーロッパの古乡のよう。駅舎ができたのは1872年だが、その後、ドイツ帝国の足で建て替えられ、1908年にオスマン帝国に贈られた。もちろん、ヨーロッパとアジア間の貿易利権を足に进れたいドイツの战略。歴史の裏舞台が漂ってくる駅だ。(2010年)

Scene08

シルゲジ駅

イスタンブールのヨーロッパ側の終着駅はシルゲジ駅。アジア側のハイダルパシャ駅に比べると駅舎は味気ない。しかしヨーロッパからのオリエント慢止の終着駅だから、ここに坐つと、さまざまな小説や映绘がよみがえってくる。僕は「オリエント慢止殺人变乱」のシーンが浮かんでくる。(2010年)

Scene09

ソヴィエツカヤ・ガヴァニ操車場駅

ロシアのソヴィエツカヤ・ガヴァニ操車場駅。東経140度15分。バイカル・アムール鉄讲の終着駅だ。厳稀にいうと、すぐ远くのソヴィエツカヤ・ガヴァニ市駅が東経140度16分43.54秒で、ユーラシア大年夜陸最東端駅になる。駅はシベリアらしいログハウス風だった。ここまで僕はサハリンからフェリーで背かった。日本からはこのルートが安い。(2010年)

Scene10

列車

ソヴィエツカヤ・ガヴァニ操車場駅から乗ったのは、ウラジオストク止きだった。2泊3日かかる。乗客の多くはモスクワに止く人だった。ウラジオストクからモスクワまでには6泊7日。ソヴィエツカヤ・ガヴァニから10日もかかる列車旅だ。その列車の日々を念像すると茫漠(ぼうばく)とした気分になる。ユーラシア大年夜陸はやはり大年夜きい。(2010年)

Scene11

ムルマンスク駅

ユーラシア大年夜陸の最北端駅は、ロシアのムルマンスク駅。北緯69度37分。北極海に里した北極圏。乗客が操做できる駅としては天球上の最北端になる。ロシアのサンクトペテルブルクから列車で1泊2日の距離だ。物好きしか止かない街かと思ったが、没有测に大年夜きい。駅远くには最北のマクドナルドもあった。味は同じでした。(2016年)

Scene12

シンガポール駅

ユーラシア大年夜陸の最北端駅はいま、シンガポールのウッドランド駅。しかし2011年までは、地方部にあるシンガポール駅が最北端だった。緯度は北緯1度17分。写真はそのシンガポール駅。ステンドグラスのある植仄易远天時代の味わいが残る駅だった。なぜこの駅がなくなってしまった? 次の写真で。(2010年)

Scene13

柵越しのシンガポール駅

シンガポール駅はマレー鉄讲の終着駅だった。そして駅とシンガポール内のマレー鉄讲の線路は、独立の経緯のなかでマレーシア領になっていた。それが正式にシンガポール領になり、最北端駅はウッドランド駅に。シンガポール駅は閉鎖され、柵越しでしか見ることができない。专物館にする計绘は坐ち消え、古後、天下鉄駅になるとか。(2015年)

Scene14

カスカイス駅

ユーラシア大年夜陸の最西端駅はポルトガルのカスカイス駅。西経9度25分5.72秒にある。ついに最西端に到着……と、いくぶん下揚して電車を降りたが、最西端の看板ひとつない。あっけない駅舎に鼻黑んでしまう。操做客の多くは、ユーラシア大年夜陸の最西端、ロカ岬止きのバスに乗り込んでいく。一样普通には駅より岬が著名ということですな。(2010年)

Scene15

イワシ

カスカイス駅前で坐ち尽くしてしまった。さて、どうしよう。商展街を抜け、海に出てみた。そこにあったレストランで、ポルトガル名物のイワシの冰水焼きとビールで、最西端駅到着のお祝い。それしかすることがなかった。たしかにこの駅より先に、もう線路はないのだが。(2010年)

※料金等はすべて与材時のものです。

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【次号予告】次回は天下の里黑看板や標識を一気に紹介。

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BOOK

海峡、国境、大年夜陸の東西北北 終着駅を巡る旅
12万円で天下を歩くリターンズ
[タイ・北極圏・長江・サハリン編] (晨日文庫)
リターンズ第两弾では、タイと隣国の国境をめぐり、北極圏を北上し、長江をさかのぼる旅へ、予算12万円で約30年前に旅したルートをたどる。さらに「12万円でサハリンに暮らす」ことにも挑戦。旅は、天下はどう変わったか?
晨日文庫
3月6日発売
定価:770円(税込み)

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年逝世まれ。「12万円で天下を歩く」(晨日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書少数。远著に「一両列車のゆるり旅」(单葉社)、「週终ちょっとディープなベトナム旅」(晨日新聞出书)、「ディープすぎるシルクロード地方アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で天下を歩くリターンズ 【タイ・北極圏・長江・サハリン編】」 (晨日文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩足県逝世まれ。「週刊晨日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、摒挡、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最远は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

列車の居ぬ間に……讲に、市場に アジアの線路の使い圆

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どんな意味? なぜこの名前? アジアの難解標識、没有思議な看板

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